ざれごと101 別れとめぐり合い

coroはしばらく日記も更新しないまま、あっという間に2ヶ月が経過していました。
ネットは毎日見ていましたし、PCのない生活はほとんどしていなかったはずなのに。
そんなこともあるのでしょうかね。
この2ヶ月、いろいろな経験をしました。
「別れ」と「めぐり合わせ」を思った2ヶ月といえばいいですかね。


現代の医学をもってしても太刀打ちできない病で、coroより若い命が旅立ちました。
人の定め、運命、宿命・・・?
命に限りがあること、明日大切な人が・・・
そういうことをいつも頭にめぐらしていたら、その人との関わりに後悔しないよう
に、自分の気持ちで相手を振り回すことなく、毎日やさしく、一生懸命接すること
ができるのでしょうか。
少なくとも私は、それは否だと思います。
やっぱり頭でわかっていても、それを年中継続することは大変なことだと思います。
全部やれなくて良いのだと思います。時には、応えてあげられないこともありまし
ょう。
でも、その人だからこそ応えてあげられることも、たくさんあるのだと思います。
大きな出来事でなく、些細なやりとりに支えられたり、勇気付けられたり、後押し
されることもたくさんあります。それは、そばにいても、いなくても同じです。
少なくとも、本当に大切に思いあう人には、関係に多少の波風が立っても、それが
伝わっていると思います。だから答えは否で良い。全てのかかわりが、良かれ悪し
かれ相手に届いて、またかかわりが循環していくからです。
誰かが旅立ったとき、後悔することはあるでしょう・・・。でもそれにとらわれ続け
ることは、お互いがとってきたかかわりを否定することになってしまうと思いま
す。つまり、自分を否定してしまう。だから余計につらくなるのでしょうね。
自分が相手に届けられた多くのことに気づくと、楽になれるのではないかと思っ
ています。


今、自分の大切な人に近づく旅立ちを前に、その現実を受け入れられず苦しんで
いる人がいます。先ほど書いた、それにとらわれていると思います。その人は自分
のことでいっぱいで、周りで支えてくれている人に気づいていないように感じます。
周りの人も傷ついて、結構苦しい思いをしています。
向き合うことからは逃げられない・・・。それも苦しいでしょうね。
私とは少し距離がある人なのですが、そのことに向き合えなければ、ずっとうしろ
を向いて知らず知らずに人を傷つけてしまうでしょうね。もちろん本人自身も。
coroにできることはしたいと思っていますが・・・。さて、どうなるのやら。



この間、とてもよい本にもめぐり合い、物事の考え方や自分のよってたつものは何
か、自分を支えてくれる人は誰かについて、思索をめぐらしたり・・・。
上記のことにも、近い内容ですね。色々考えるヒントをもらいました。


今起こっていること、出会い、自分が当たり前だと思っていることの向こう側で、
その当たり前すらできないでいる人たちがいることも、その当たり前がとても強く
望まれることであることも、当の本人はその当たり前の素晴らしさに気づかない
ということも・・・・。知っていること、当たり前と思っていることをもう一度問うて
みる、という作業の大切さが身にしみました。



さらに、この間、新たな出会いがありました。
初めて踏み入れる土地、初めてあう人、ふれるもの、食べるもの。
真摯に向けられるまなざしに、誠実に応えたい。
そう思うことしきりでした。その地へは、また来月赴くことになっています。



いずれにしても、coroに何ができるのか、常に思い巡らせることの大切さをかみし
めています。



もう8月も終わりますね・・・。